最近、子どもの教科書や学校からのプリントで「多文化共生」「SDGs」「脱炭素」といった言葉を頻繁に目にしませんか?
一見すると、時代の流れに沿った素晴らしい教育のように思えます。
しかし、それらの言葉を少し深く掘り下げてみると、「なぜこの内容が、これほど優先されているのだろう?」という疑問が湧いてきます。
🌸 1. 今の教科書で、何が「最優先」になっているか
先日、Xで目にしたこの投稿。
「多文化共生をめざして」

いえ、ちょっと待って!
日本は本当に「多文化共生」をめざさなければならないのでしょうか?
今の小中学校の教科書には、グローバルな価値観が非常に大きなスペースを占めています。
「多文化共生」「脱炭素」「SDGs」——これらのテーマは、道徳・社会・理科を問わずあちこちに登場します。
もちろん、異なる文化への理解や環境への関心を育てること自体は大切です。
ただ、私が気になるのはバランスの問題です。
- 日本の伝統的な行事や文化について学ぶ時間は、十分に確保されているか
- 日本人が何千年もかけて築き上げてきた「公共心」や「治安の良さ」という宝物をおろそかにしていないか
- 先人たちがどのようにこの国を築いてきたか、誇りを持って学べる内容になっているか
子どもたちが自分のルーツに誇りを持てるかどうかは、大人になってからの生き方にも深く関わると思うのです。
本来、その国にはその国のルールがあり、尊重されるべきは「その土地の文化」です。
相手に合わせることを強要される「共生」は、もはや日本の姿を失わせます。
愛知県の小学校の教科書だそうです。


🌸「環境にやさしい」という言葉の裏側
私教育の疑問は、歴史や文化だけにとどまりません。
「CO₂が悪い」「再生可能エネルギーが正義」——そう教わった子どもたちが大人になったとき、果たしてその内容を検証する機会はあるでしょうか。
たとえば国が推進する「脱炭素(GX)」には、今後10年間で約20兆円規模の国費が投入されようとしています。民間投資を含めれば150兆円超とも言われます。
この莫大な資金がどこへ流れているのか、子どもたちに「環境にやさしい」と教えている太陽光パネルが、実は製造・廃棄の過程で深刻な環境負荷をかけているという事実——こうした「もう一つの側面」は、教科書にはほとんど載っていません。
「環境にやさしい」というスローガンの裏で何が起きているのか。
成長した子どもたちが「あの授業は何だったの?」と疑問を抱く日は、そう遠くないかもしれません。
こちらの本には、データをもとにした気候変動問題の別の見方が詳しく書かれています。


🌸 3. 家庭でできること——「本当のこと」を伝える場所
「学校で習ったことがすべて正しい」とは限らない、と子どもに伝えることは、決して反社会的なことではありません。
むしろ、与えられた情報を鵜呑みにせず、自分で調べて考える力こそが、これからの時代に最も必要な力だと私は考えています。
大切なのは、家庭で「本当のことを話し合える関係」を作ること。
- 日本がどんな歴史を歩んできたか
- 税金がどのように使われているか
- 「環境にやさしい」と言われるものが、本当にそうなのか
それを一緒に考え、語り合える親子関係が、何より子どもの「考える力」を育てます。
学校教育だけに任せるのではなく、家庭の中でもう一度、大切な話をしてみませんか。
まずは私たちが、情報を見抜く知性を持ちたいですね。




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