「多文化共生」の優しい響きに隠された、子供たちの未来への「刷り込み」

当ページのリンクには広告が含まれています。
窓際のなでしこ

最近、子供の教科書や学校からのプリントで、「多文化共生」という言葉を頻繁に目にしませんか?

一見すると、多様性を認め合う素晴らしい考え方に思えるかもしれません。

しかし、その耳ざわりの良い言葉を少し深く掘り下げてみると、そこには私たちの平穏な暮らしを根底から揺るがしかねない「危うさ」が見えてきます。

今日は、母親の視点から感じる「多文化共生」への違和感と、教育現場で起きていることについてお話しします。

目次

🌸 1. 「共生」という言葉が奪う、私たちの安心

「外国人の文化の理解を深めてお互いに尊重し合って暮らしましょう」

たいていの日本人と言うのはそう言われると、反対するのは心が狭いことのように感じます。

しかし、現実はどうでしょうか。

ゴミ出しのルールを守らない、深夜の騒音、治安の悪化。

これらは「文化の違い」という言葉で片付けられるものではありません。

日本人が何千年もかけて築き上げてきた「公共心」や「治安の良さ」という宝物が、なし崩し的に壊されているのが現状です。

本来、その国にはその国のルールがあり、尊重されるべきは「その土地の文化」です。

相手に合わせることを強要される「共生」は、もはや日本の姿を失わせる「淘汰」でしかありません。

愛知県の小学校の教科書だそうです。

🌸2. 教科書の中で進む「静かな刷り込み」

私がもっとも危機感を抱いているのは、子供たちへの教育です。

今の教科書には、日本の誇りよりも、「多文化共生」「脱炭素」「SDGs」といったグローバルな価値観が最優先で説かれています。

  • 日本の伝統よりも、他国の文化を優先して学ぶ
  • 「みんな違ってみんないい」という言葉で、守るべき境界線を曖昧にする
  • 過去の出来事を今の道徳基準で断罪する「自虐史観」の植え付け

戦後80年近く経ってもなお、他国が作り上げた「偽の日本像」を教科書で扱う。

こちらも小学校の教科書です。

自虐史観

まだ判断力の未熟な子供たちに、こうした偏った価値観を一方的に教え込むのは、教育ではなく「刷り込み」です。

自国の真実を知らず、誇りを持てない子供たちが、どうして自分や家族、この国を守ることができるでしょうか。

🌸3. 「環境」という名目で行われる巨大な欺瞞

教育の歪みは、歴史だけではありません。根拠が曖昧なまま「二酸化炭素が悪」と決めつける脱炭素教育もその一つです。

実は、国が進める「脱炭素(GX)」には今後10年間で約20兆円規模の国費(私たちの税金)が投入されようとしています。

民間投資を含めれば150兆円超。

この莫大な資金は、一体どこへ流れているのでしょうか。

再エネという名の下で、山が削られ、太陽光パネルが敷き詰められる。

その多くは製造過程で環境を汚染し、一部の業者や政治家、官僚そして外国勢力を潤す仕組みになっています。

「環境にやさしい」というスローガンの裏で進む環境破壊。

成長した子供たちが「あの授業は何だったの?」と疑問を抱く日は、そう遠くないはずです。

🌸 4. 私たちが今、すべきこと

「多文化共生」や「脱炭素」という耳ざわりの良い言葉を、ただ黙って受け入れていてはいけません。

大切なのは、家庭で「本当のこと」を伝えることです。 日本がいかに素晴らしい歴史を持ち、先人たちがどれほどの思いでこの国を守ってきたか。そして今、何が起きているのか。

それを語り継げるのは、学校教育ではなく、私たち親であり、大人です。子供たちが大人になったとき、そこがまだ「私たちの日本」であるために。

まずは私たちが、事実を見抜く知性を持ちたいですね。

実際は太陽光パネルも風力発電も全く環境にやさしくないどころか、環境破壊なんです。

こちらの本に詳しく書かれています。

ホッキョクグマは増えているそうです。気候変動問題のホントとウソ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次